テレビ岩手様と制作した、「漆」を題材にしたドラマ番組「漆をめぐる物語」について、本記事では漆の特性が存分に表現されているシナリオ作成秘話をご紹介いたします。物語に込めた想いを、シナリオライターの竜口に語っていただきました。
STORY あらすじ
15年前の今頃、東京で働いていたフリーアナウンサーの藤野マキは「漆」を取り上げるテレビ番組の取材で岩手県を訪れる。しかし、当初漆には興味を示さなかった。実際に漆が採取される様子や漆器を初めて目の当たりにし、次第にその美しさに魅了されるようになる。マキは東京から移住してきた若い漆掻き職人との交流を通じて、この仕事を最後にリポーターの仕事をやめようと考えていた自分と重ね合わせる。若手の職人の思いに触発され、自らの仕事を継続して行くことを決めるのだった。そして今──。
登場人物を描くまで
【 菊池 泉 】
東京での仕事に悩み、仕事を辞めて漆掻き職人になった若い職人。一人前の漆掻き職人になるために日々漆に向き合っている。
菊池 泉の成り立ち
菊池という人物のストーリーは、漆掻き職人として活動されている長島さんをインスパイアしています。長島さんは埼玉県ご出身なのですが、岩手で漆掻き職人になる前は、広島の企業で化粧筆職人をされていました。“化粧筆”という伝統工芸品を作っていたが、全て決まっている作業に対して「もっと色々できるのに!」と、どこか悶々としていた。そんな時に「漆の職人が足りてない」というニュースを見て、「漆掻きか・・・」と思ったそうです。
そんな長島さんのストーリーをもとに、菊池も仕事への悩みや葛藤がきっかけで漆職人を目指す設定にしてその性格を描いていきました。東京から車で8時間の田舎に移住し、職人の世界に飛び込んだ人は「相当な情熱を持っている」とつい考えてしまうと思います。でも、実際はそうでもないことが結構あると思うんです。何か上手くいかないことがあったり、何かのきっかけだったり。その人物の満たされない部分や、きっかけについて考えていきました。
菊池の悩みや葛藤を描くときに「やり過ぎちゃう、頑張りすぎちゃう性格」がしっくりきたんです。その「頑張り過ぎちゃう」のモデルは社内の同僚でもあるのですが、そういう人物像を思い付いた時に、全体がすっと通りました。ただ頑張るだけが良い結果に結びつかないことって結構あるじゃないですか。「自分の頑張りって無駄だったんじゃないか」とか。仕事においてそんな気持ちを抱えたキャラクターを表現しました。
【 藤野 マキ 】
東京を中心に活動するフリーのテレビアナウンサー。年齢などを考え、今後アナウンサーとして自分は活躍できるのか葛藤し、仕事を辞めようか悩んでいる。
藤野 マキの成り立ち
マキは菊池に共感するポイントがあった方がいいと思い、そこからキャラクター設定をしていきました。マキの葛藤は、自分に限界を感じていることなんです。
アナウンサーという仕事は見た目も一つのセールスポイントです。作中でも「自分には賞味期限がある」という話をしていたように、年齢に比例してアナウンサーとしての価値が失われていると感じ、仕事を続けるか葛藤している姿を描きました。
「人から受ける価値ではなく、自分の価値は自分で決めていいんだ」と、背中を押してくれるようなきっかけが欲しいことって誰でもあると思います。そのように、マキのキャラクターは多くの人が共感できる部分を描いていきました。
人と人、過去と未来を繋ぐ、漆のストーリーができるまで
漆の特性は、「過去や現在を守り、未来へ繋げていくこと」
そもそも漆とは、耐久、耐水、断熱、防腐性が非常に高く、今も漆に勝る合成塗料は開発されていないといわれています。塗り重ねるほど強度が増し、揮発させ飴色にしたものに顔料を混ぜると色漆 (いろうるし) として美しく発色します。そして使い込むほどにその光沢は増していく。しかし、漆の木は漆が採取できるまでに15年ほどの歳月がかかってしまうんです。未来へ残すために15年後に向けて苗木を植え直す。そんな漆の特性からドラマのキーワードを抽出しました。
抽出されたキーワードから、映像作りにおいて最も大切なことは「過去」ではなく「未来」に向けて作ること。これからの「未来」に向けて、何を訴えるべきかを熟慮してストーリーに落としていきました。
“伝統技術”をブランディングするために、「職人のリアルな姿」と「漆の特徴」のどちらもがちゃんと際立たせたストーリーに
「漆掻き」は伝統“技術”なので、その特徴を伝えるために説明すべき点がとにかく多いのです。漆器という形になるまでに色んな工程を経て、最終的に普段目にする形になる。そのため「漆」を丸ごとブランディングをするには、断片的に要素を伝えるのではダメで、漆採取から漆器になるまでの流れをドラマ内で全てカバーしなければいけませんでした。
今回「漆」をブランディングするにあたって、安易に「漆掻き職人っていいよね」というのも違う気がしますし、漆のPRに重点を置いてしまうのもドラマとしての面白さが欠けてしまう。その「職人のリアルな姿」と「漆の特徴」のどちらもちゃんと際立つというか、そこがブランディングドラマにおいては一番の肝になるのではないかと思っています。
だからこそ今回のストーリー設定が活きたところでもあります。漆についてもしっかり知ってもらえる。それだけではなく漆を取り巻く人物の心情をしっかりと描くことで、漆をもっと身近な存在に感じてもらうことができるのではないかと思いました。
初めて漆と触れ合い、その魅力を知っていくストーリーに共感を呼ぶ
先ほどもお伝えしたように、本映像の目的でもある“漆を伝える”ためには、漆の特性や形になるまでの工程が複雑なのです。そのため、ドラマの中でもしっかりと採取工程などを説明しないと上手く伝わりません。
そこで、ストーリー設定を「漆について取り上げるドラマ番組の制作」にしました。そうすることで、アナウンサーが漆の特徴を説明するパートを自然に入れられる。ドラマの世界の中でも漆について違和感なく説明できます。
東京のテレビ番組のクルーが撮影に行く設定にしたのは、純粋に漆を知らない人が漆と触れ合い、魅力を知っていくストーリーにしたかったためです。初めて目の当たりにしたものや、体験したことが印象的なことって普段の生活でもたくさんあると思います。全国の視聴者にも、マキたちと同じ感覚で漆に触れ合う新鮮さを感じてほしい。普段触れ合わないもの=漆への驚きや共感を表現するため、主要人物の出身地は岩手県外という設定にしています。
「漆と一緒です。人は輝き続けます。」心情の変化と漆の特徴を重ね合わせる
さらに「漆」を通じてマキが菊池と交流し、気持ちが変化していく姿を描きました。アナウンサーとしての自分に限界を感じていたマキに対して、菊池は「漆と一緒です。人は輝き続けます。」と伝えます。この言葉を受けたマキは、仕事を続けていくことを決めるのですが、そうやって漆が人と人を繋げ、その人を変化させる。自分に価値を見つけることで、人として熟していく、より魅力的になっていくことを漆に重ね合わせました。
そして、漆の木は切り倒されたとしても植え直され、15年の歳月を経て続いていく。15年越しのマキと菊池の関係性を描くことで、人と人との関係も守っていくことを表現しています。
シナリオの大枠は、東京のテレビリポーター(マキ)がやってきて、現地の漆掻き職人(菊池)に出会い、リポーターの気持ちが変わっていくというもの。その中で、漆の魅力を伝えつつ、ドラマにしていくためには、登場人物の変化をどう表現するかというところをずっと考えてました。本作のストーリーや登場人物の心情の変化を通して、漆の特性「守る・残る・輝く」を共感してもらえる形で伝えることができたと思っています。
漆掻き職人になるという動機は、意外と身近にある
結局は仕事の話なんです。2人の主人公は、仕事を辞めた人物と続けたいけど悩んでいる人物です。誰にとっても仕事の悩みとか、上手くいかないと思うことはあると思うんです。職人の悩みや葛藤を描いたことで、漆掻き職人という仕事、あるいは職人自体を身近に感じてもらえたら嬉しいです。
本作で監督を務めたディレクター安田のコメント
「漆の特性に重ねたキャラクターの心情をしっかりと伝えるため、シナリオを忠実に表現することを意識しました。シナリオを読んだ時に、演出というよりも台詞でストーリーを展開していくイメージがありました。なので、歩いて空を見上げてスローモーションで表現するような演出などはほとんど加えず、シンプルに撮影するように心がけました。ストレートに人物同士の対話がわかる、その人が話す言葉をちゃんと見せる。その方が、見ている方もその場にいるような感覚になれるというか、しっかりと共感してもらえる映像になる。それを今回の作品でしっかり表現できたと思います。」
さいごに
本ドラマ番組を制作するにあたって、「漆についてしっかりと伝えること」「視聴者にストーリーを通して漆をもっと近い距離で楽しんでいただくこと」が何より大切でした。その両軸を上手く融合させ、映像として皆さまの心に残る作品にできたのではないかと思います。これが、お客様からお預かりした想いを私たちなりの表現で作り上げた一つの形です。
今回制作に携わっていただいたキャストの皆さま、撮影協力していただいた施設の皆さま、インタビュー協力、ならびにご出演いただいた長島さま、そして今回依頼をいただき、準備やロケ地手配などにもご尽力してくださった、本ドラマ番組プロデューサーの丸谷様、関わっていただいた皆さまに心より感謝申し上げます。この作品が少しでも多くの方に届くことを期待しています。
PROJECT
MEMBER
制作メンバー